大空とおく‥、(no,1)

故郷の記憶を折に触れ、
少しづつですが、紐解いてみようかと思います。


半世紀と、もう少し昔の札幌。
6月15日。
その日は北海道神宮の「札幌祭り」の日でしたが、あいにくの雨。
私は、北大病院で生まれました。


早くに両親を亡くした母は、兄と二人。
初等教育も殆ど受けてなく、
「手に職をつけなくては、」と、
見習いに行った先で知り合った先輩と結婚し、
19歳で私を産みました。
仕事は理容師。床屋さんです。


赤ちゃんを預けるすべを知らない母は、なんと、
まるで人形を背負うように
私を負ぶって仕事をしていたそうです。
(泣かない子だったので、なんとか仕事出来たようです。)


そんな母を見かねてか、
近所の人が、毎日のように、
「家で預かるね、」と赤ちゃんの私をつれて行きました。


さて、
夕方になって、母が私を受け取りに行くと、
たいていはその家にはいなかった‥。


「隣の家にいるよ、」と言われて、行ってみると、

「◍◍さんが連れて行ったよ、」と。


◍◍さんの家に行くと、
「今、むこうの通りの〇さんの家。」

何件もはしごして、やっと行き着いた先で、
私は、すやすやと眠っていたそうです。
時には、すっかり家族の一員になつて
「キャッ、キャッ、」と嬉しそうに笑っていたりして‥。


何だか、
引き離すようで申し訳ない、と思いながら、
ありがとう、と引き取って、
やっと家に帰る、
そんな毎日だったと、
少し大きくなってから、母が話してくれました。



実家には、
それぞれが作ってくれた、防寒小物がありました。
ぼんぼりが可愛い、毛糸の靴下やマフラー、
着物生地で作った小物の数々です。


「これ、本当に私が使ったの?」
と思うぐらいに小さくて、丁寧に作られた品々、


「寒そうで可哀想だから、」と、
寝ている私の側で作ってくれたと聞かされた時には、
思わず、涙を拭きました。


                             
人生の始めに出逢った、暖かい人々の手。

                    
その、顔も覚えてはいないけれど、懐かしい、
もう、この世からはとうの昔に旅だった、
お世話になった方々に、

「ありがとう‥、」の気持ちは、届くでしょうか‥?


                       



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