老人ホームのフロアーで、(はじめに)

老人ホームに勤めて、9年近くになりました。


晴れた日には、朝や夕方、富士山が遠くにくっきりと見える、5階のフロアー。

カーテンを開けて、
「富士山が見えるわよ、」と声を掛けると、
「わー、」と声をあげて窓辺に駆け寄ってくるのは、ご自分で歩ける元気な方々です。


車椅子の方には、窓辺にお連れして、手を取って
「ほら、あそこよ、」と方向を教えます。
101歳のお婆さんは、いつも、
「ありがたい‥」と両手を合わせて、涙ぐむ‥。

                                      


私鉄沿線の線路沿いに建つ、大型の有料老人ホーム。
(要支援1から入居できる、認知症対応の施設です。)
                                   
ワンフロアーは30人前後。殆どが90代。
ごくまれに、70代の方もいますが、100歳を超える方もいて、平均年齢は90歳を超えています。


校長先生、弁護士、お医者さん。私鉄の日本初の女性運転士、知る人は知る舞台俳優。
沢山の子供を育て上げた大正時代の主婦。戦争で婚約者を失って独身で生きてきた、職業婦人。
過去には、特攻隊の生き残りだったという方もおりました。


生きてきた舞台は様々だけど、生涯現役でと、努力して生きてきた方ばかり、
(そして、少しだけ、生き過ぎてしまった‥。)


そんな方々が、
だんだんに、出来ないことや分からないことが多くなり、ある日、家族や後継者に連れられて、
プライドを秘めながら、不安げに、入居してくるのです。


           
お年寄りには環境の変化は受け入れがたく、入居したその日から平常心でいられる方など、殆どおりません。初日に体調を崩す方もいて、しばらくは油断大敵です。


納得して入ってきたはずなのに、家族が帰ると、直ぐに不安になるのも、皆、同じ。
スタッフを見つけては訴え続けます。
「ここは何処?」
「どうして、ここにいなければいけないの?」
「明日は帰れるんですよね?」
「電話、かけて下さい!」


「大丈夫ですよ、今日はここでお泊りしましょうね、」
「二、三日したら、又、ご家族来てくれますよ。」
「もう、遅いから明日の朝にかけますね。」


そんな会話を繰り返しながら、一週間、二週間、
朝、昼、夕と、フロアーで、先輩入居者と過ごしながら、いつしか、だんだんに慣れていく。
その時間を、スタッフは見守り続けます。


面会に訪れる家族も最初は不安げです。
「だいぶ、慣れた様子ですよ、」
「お話相手が出来ましたので大丈夫ですよ。」そう、お伝えすると、ほっとして、
「よろしくお願いします。」と言われて、帰っていく、
その姿をエレベーター前で見送ります。


「さあ、席に戻りましょうか、」
寂しげな利用者の手を引いて、フロアーの席に誘います。しばらくして、気がつくと、いつの間にか、声を出して笑ってる‥。
これもいつもの光景です。



出会いと別れが常に入れ替わるフロアーで、90年も違う人生を生きてきた人々が、笑ったり、少しだけ喧嘩したり、そして時には、涙して、
家族のように‥、
お友達のように‥、
暮らしていく老人ホーム。
     
誰もが通る、道すがら、


少し、生き過ぎてしまった方々の最後の日常を、共に生活しながら、少しづつ、
(ご本人だとは分からないように注意しながら、)追々に、

紹介していこうかと思います。


                      



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