さくら、さくら (開花、早すぎて‥、) 

しばらくでした。
あちらこちらから、花だよりが聞こえるこの頃です。


開花宣言、出ましたね。(でも今年は少し早すぎた~💦)
勤めている、施設の近くの団地の桜は、少し、つぼみが膨らんで、お天気が続いたら、一気に咲きそうです。


(03/19日11:20)
通りの木にも、花が咲きましたよ。これも桜かな?                


(03/22日10:40)追加🌸
「やっぱりね、桜だわ‥、」                            

桜の種類は300とか。少し調べたけれど分かりません。

(名前、お分かりでしたら、教えて下さいね。)



一泊だけの「桜旅」4月1日に出かけます。でも、葉桜になりそうねぇ~。


少し早すぎたけれど、待ちわびた桜の季節がやってきた。
旅を待つ間に、ひとつ、ふたつ、みっつほど、桜の思い出を書いてみたいと思います。
(次回に‥、)





(さくら、咲く前に‥、)

いつも読んでくださってありがとう。


春待ちわびる心に、ある日、夏になりそうな勢いで、いたずらっ子のように春はやってくる。


夜勤明けにみた、昨日の空です。

初夏のような空模様。
(2018/03/10 西東京市 14:26)


青空の下、桜の木はつぼみを待っていました。
我が家の小さな庭の梅の木にも、花が咲きました。


        
春の足音を背に、
少しの間ですが、記事はお休みします。
桜、咲く前には、また、ね。





さくら、さくら(夜勤明けのひとり言) 

夜勤明け、何時もの帰り道。
毎年、花を咲かせる団地前の通りには、今年はまだ、花がありません。
顔も知らない、“花咲かせ人“ のことが気にかかります。


「引っ越してしまったのかなあ‥、もしや、病気なの?」



コンビニで、桜の表紙が目について本を買いました。
「一度は見たい!桜の絶景(首都圏版)ぴあ」
ぶらぶらと、歩きながらページをめくって、まずは整骨院に。その後は、何時もの日帰り温泉に。


日帰り温泉の休憩処で、ビッククッションに体をうずめながら眺めます。

そういえば、職場で‥、
「退職したら、春は桜を追って北に旅をして、秋は紅葉を追って南に旅をする。そんなふうに暮らしたい。」と言っていた人がおりました。
でも、体悪くなって辞めたんだったね、今頃、どうしているんだろう‥。


人手不足の介護職。
役に立ちさえすれば年齢はあってないようなもの。多少きつくても、中高年には穴場の仕事です。
過去には、利用者と間違えられそうな人もおりました。
私も70才位までは(いいえ、秘かに、それ以上‥、)頑張れそうな気がします。


だったら、まずは、健康に気を付けて。老後も、仕事も、終活も、みんなミックスで生きて行くのも悪くない。
〇十年後、“muragon“ の最高齢者、目指そうか‥?



桜はね、欲張らないで、毎年、一カ所づつでも見ておこうかと思います。
いつも、シフトとお天気と開花情報を見比べて、大騒ぎするお花見だけど、今年は、どこの桜に会えるでしょうか?


出来たら、一泊でいいのでね、「桜旅」がしたいなあ、と思います。





老人ホームのフロアーで、「〇〇 sada様」

100歳で亡くなった、綺麗なおばあさんのお話です。


まだ若い頃、突然、目の前でご主人を亡くしてしまったsada様は、めげずに五人の息子を育て上げたものの、その日の悔しさを生涯忘れられずにおりました。
元気だったご主人が、注射を打った瞬間に死んでしまったというのです。
sada様は、医者のミスだと信じて疑わないのですが、その当時のこと、誰も分かりません。


願いは、一日も早くご主人の側に行くことでした。


ご主人の月命日が近づく度に、
「その日に死にたい、」と、食事をとらずに頑張ります。
その日が過ぎると、諦めてまた、食べる。
そんな日々が何年も続いていました。


「どうしたら、早く死ねるの?」と聞かれた時に、私は
「ご飯食べた方が、早く死ねるのよ.。」と答えました。
「そんなあ、」
「本当よ、sadaさんのしていることは、絶食健康法。内臓丈夫だから、ますます元気になってしまうわよ。」


「どうする?、今日は食べる?」というと、
「うん」と頷いた。


車椅子に乗せると、自分で髪を整えて、自走してにこやかにホールに出てきて、食事がすむと、一人で部屋に帰っていく。
「準備が出来たら、ナースコール鳴らしてくださいね。」と言っても自分でベットに移動してしまい、時々ベットや車椅子からずり落ちたりして、その度にスタッフは注意不足を叱られた。


「こんなにきれいな100歳見たことないわ、」と、顔を覗き込むと、
「綺麗なもんか、こんなばばあ、早く死ねばいい。」と憎まれ口も忘れない。


いつしか、そんな元気もなくなって、最後の日々は、ナースコールを握りしめて、ベットの中にいた。
昼も夜も、隙間なく、コールを鳴らしながら、か細い声で、色々なことを訴えて、聞いてもらうと両手を合わせて、
「早く、お墓に入れて下さい。」と訴える。


最後に会った日に、
「スッキリして死にたい」と頼まれた私は、どうにか、トイレに座らせた。
トイレで、「ありがとう、ありがとう」と拝まれたけれど、
sada様、次の日の朝に逝ったんだったわね‥。


休み明けに、sada様がご主人のもとに帰られたことを知った時、私は、
口には出せないけれど、とても、とても、嬉しかった。
「良かったね、sadaさん。本当に良かったね‥、」


人の願いは様々です。





(思い出)小町通り食べ歩き・祇園山ハイキング

二年前のまだ桜には早い三月の晴れた日。
🌟「鎌倉に行きたいね、」
👒「小町通りで食べ歩きしたいな、」
🌟「hikingがしたい。」
👒「じゃあ、両方ね。」


“小町通りの食べ歩きと祇園山のhiking“に出かけました。

            

<先ずは、食べ歩きから>
 ✩コロッケ ¥200×2
 ✩はんなり稲荷¥250
 ✩焼きたてせんべい¥50×2
 ✩クレープ¥300
 ✩カジキマグロの串焼き¥300
コロッケとお煎餅は一つづつ、後は半分づつ食べて、ランチ代わりの食べ歩きはこれでお仕舞い。後は帰りにおやつでもう一度。(笑)


<次は、hiking>
羽島神社の境内から、スタートです。
             

          

最初からアップダウンの山道を登ります。

          
15分程で、見晴らし台に着きました。

          

空は晴れていい気持ち。

          
三人連れの男の子が元気にやってきて、直に、駆け抜けるように去っていきました。
少し、休んで、元気な男の子達の後を追うように、山道を歩きます。

「山の中、写真撮ると、どこも同じような風景なのね、」
「これどこだ、と聞かれても分からない。」



到達地点は、「高時首切りやぐら」です。
一時間以上歩いて、山道が終わるころに着いた、そこは、鎌倉時代の終焉の地。

北条一族、八百七十余人自害には絶句しました

少し先に、祠がありましたが、何とも不思議な雰囲気で‥、むやみに近づいてはいけないと、合掌して通り過ぎました。



急ぎ足で、鶴岡八幡宮まで降りてきました。休憩所で一休み。

ほっとして、
「ソーセージ食べるんだったわ、」と、思い出し、もう一度、小町通りに向かいます。
 ✩「腸詰屋」のソーセージ¥300×2
 ✩牛饅も見つけて買いました。¥500


「今日は食べることしか考えていないわ、」
「そういう日があってもいいんじゃないの。」
「食べたいもの、だいたい食べたわ。」


まあ、満足かな?