(思い出)ぶらり秩父旅.4「秩父の優しい神様」

/2016/05/13(金)
“のんびりぶらり秩父旅“「二日目」


朝食を済まして早々に、チェックアウトを終えました。バス停への道歩きながら、
「絶景だったわねぇ‥、」と、武甲山の見える風景を振り返ります。
今日は、秩父の神様に会いに。


「秩父祭り会館」で、バスを降りました。
(http://www.chichibu-matsuri.jp/)

写真は、吹き抜けのホールにある、秩父夜祭で使われる屋台と笠鉾です。
屋台と笠鉾の前でアトラクションがあり、華やかな「秩父夜祭り」の雰囲気をバーチャル体験しました。
後は、館内を一回り。旅のおやつに祭り饅頭を買い、秩父神社に急ぎます。


美しいたたずまいの秩父神社です。
(http://www.chichibu-jinja.or.jp/saijin/)
主祭神は天之御中主神。昭和28年には、昭和天皇の弟宮、秩父宮殿下が合祀されています。

御本殿には、それぞれに意味のある、鮮やかな彫刻の数々が。


“繋ぎの龍“

“お元気三猿“
(日光の三猿は、「見ざる、聞かざる、話さず」だけど、ここは、「よく見て、よく聞いて、よく話す」三猿です。私は、こちらのほうが好きですね。)

“子宝.子育ての虎“

“北辰の梟“
(体は正面のご本殿に向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わずご祭神をお守りしているのだそう‥。)

(画像はHPから)


実は、私は、秩父神社は今回が3回目。
2011年のお正月、家族旅行の帰りに寄りました。
二度目は次の年。夏の暑い日の一人旅。


「秩父宮両殿下のお手植えの銀杏の木」に、深く感慨を受けました。
秩父宮殿下のお手植えの銀杏は、真っ直ぐに空を仰いで育ち、勢津子妃殿下の銀杏は、ふくよかな「乳銀杏」に育った‥、

その姿に心打たれ、奇跡を感じ、両殿下の願いのような気持ちに触れたように思えたのです。


本殿にある「親の心得」です。

この言葉にも、随分考えさせられました。
失敗ばかりの子育てを思い出しました。何だか、逆のことばかりしてきたようで、
(もっと早くに出会っていたら‥、)と思ったりしたものです。


そんなことを思い出しながら、
「秩父の神様は、優しいなあ‥。」と、あちらこちらを行ったり来たり、


気がつくと、koujiさん、ベンチに座って待っていた。
「ゴメン、ゴメン、お待たせです~。」



次は、秩父鉄道で、聖神社に。
お金の神様に会いに行きましょう。
(つづく、)





(思い出)ぶらり秩父旅.3「民宿すぎな」

秩父駅からバスに乗り30分。バスは自然の中を走ります。

ミューズパークのその先にある「民宿すぎな」は、
大当たりの宿でした。


運が良ければ、雲海が見えるこのお宿、

かっては、接待用の料理旅館で、一泊3万円以上。
秩父で一番高い宿だったとか。


そこを買い取って、
一万円札でお釣りがくる、民宿としてオープンしたそうで、(なるほど~、)と思わせる、地味~に見せかけた、良質の木造建築です。


玄関から風格がありました。

お部屋は6部屋。14畳から24.5畳。同じ部屋はありません。


今は民宿ですから、食事は地味なのですが、
「山女魚の柔らか煮」

岩茸の天婦羅が珍しい、「天ぷらの盛り合わせ」

(写真はHPから拝借しています。)


煮物は1品ずつ煮ているようで品のいいい薄味です。刺身や、秩父名物の豚肉の味噌漬け等々、なかなかの内容でした。


お部屋の窓からは武甲山。景色は広々。
お風呂に行く廊下の途中には、ガラス張りの展望台までありました。


(04:34)
雲海は見られませんでしたが、

明け方に、中庭で撮った写真です。


雲海は11月頃には、50%の確率でみられるそうで、
紅葉の頃に、もう一度、是非とも行ってみたいと思います。


温泉ではないけれど、
秩父の宿は、ここに決まり!、かな?
(つづく、)





(思い出)ぶらり秩父旅.2「レトロな番場町」

西武秩父駅に着きました。
仲見世通りは工事中。(2016年05月12日時点)

「温泉施設が出来るそうよ」
「ふう~ん」


棚田でゆっくりしすぎたので予定のバスは行ったあとでした。
(今日は、ミューズパークのその先の、民宿に泊まります。)


「次のバスまで1時間少しあるけど、どうする?」
「coffeeが飲みたいな」
「馬場町に、行ってみない?」


“番場町“は秩父神社の参道です。大正後期から昭和初期にかけて建てられた、モダンな建物が多く残されていると知り、寄ってみたいなあ、と思っていました。


(lucky!.な展開ね、)と、表通りを歩いて、何となく、
「多分、このあたり?」と横道に入ります。
バス停のベンチにお婆さんが座っているのに気がついて、近寄って聞いてみました。
「番場町は、このあたりですか?」


お婆さん、ニコニコ顔で、
「この道、真っ直ぐ行ったら直ぐに、石の道があるから、そこから先が馬場町、」と教えてくれました。


ほんの30メートル歩くと、石畳の道はありました。
片山医院、

小池煙草店、

安田屋、ワシントン靴店 パリー食堂。レトロな建物ばかりでそこは別世界。
coffeeはそっち抜けで、あちらこちらと歩き回って、ふと見ると、


koujiさんは、ただただ座りたいご様子で‥。
「そうそう、喫茶店だったわね‥、探しましょう。(笑)」


道の向こうに秩父神社の鳥居が見えるころ、古い喫茶店がありました。秩父で一番古い喫茶店。何と操業50年。

中はレトロでしたねえ、

coffee二つ注文して、「時間は?」と聞いたら、
「4時すぎだ、ちょうどいい。」
お話しながらゆっくり、coffeeを飲みました。


16:30分過ぎ、
「そろそろ行こうか、」と店を後に。


ベンチの前で、
「ここで道聞いたんだったね。」と、
つい、さっきのことなのに
「一生懸命教えてくれたわ‥」とお婆さんの姿が懐かしく、


(番場通り、もう一度、ゆっくり来なくっちゃ‥、)と思いながら、
16:55分、西武観光バスに乗りました。


予定より2時間遅れで宿に向います。
(つづく、)




(思い出)ぶらり秩父旅.Ⅰ「寺坂棚田」

(二年前のことですが‥、)
風香る五月、二泊三日の、“のんびりぶらり秩父旅“。
思い出しながら、綴ります。


/2016/05/12 (木)
池袋駅待ち合わせ。
10:30 池袋発、11:43分横瀬着の秩父11号。
「がら空きだな」「ホントね、平日はこんなものかしら」
電車は出発しました。
「さあ、旅の始まりね、」


一日目の予定は、武甲山を中心に連なる山々が背景の、

koujiさんは、ここでスケッチをします。


さて、

横瀬駅に着いたけれど‥、

駅前に地図が見当たらない。棚田はどの方向?


駅横にある、山小屋風の、“売店・食事処“のおばさんが、壁にある地図を長い棒で指して、
「丸山鉱泉を目指していくように 、」と教えてくれました。


小学校、町役場、郷土資料館、
サンクスがあったので、お弁当を買おうと入りました。


「食欲あまり、ないんだよ」と、koujiさん。
「後でお腹すくわよ」
「それじゃあ、これか。」と、ハンバーグ弁当を二つ購入。


棚田への道を急ぎます。
「今日は熱いなあ。」


(12:27)

川がありました。

「川辺に降りて食べようか、棚田に日かげ、ないかも知れない。」

    

「あれ、見て」
「東屋だ」
橋を降りる階段の先に、川辺に降りる橋があり、絶好の休憩所がありました。


お弁当を頂いて、暫く休憩です。

    

カメラを向けたら、おどけたポーズ。今日はご機嫌ね。

    

(手が大きいね。手の大きい男は優しいそうよ、当たってる?)


(13:13)
10分程歩いて、棚田に着きました。掲示板の向こうには、武甲山と、まだ殆ど水の入っていない田んぼが連なっています。

    

早速、場所を決めて、

    

早々に絵を描き始めます。

    


私は、ぶらりぶらりと棚田を眺めてから、隣に行ってみましたが‥、
そこは段差のあるあぜ道の際。座り心地が不安定なうえに下はぬかるみで、居眠りでもしようものなら、運動神経が鈍い私は、落ちてしまうでしょう‥。恐くて退散です。


(どうして、こんなところで描けるのかしら?、というより、どうしてこんなところで描くの‥、?、?、?、)


仕方なく、屋根と椅子のある、見晴処で棚田を眺めて過ごしましたよ。   

             

日差しは強いけれど、緑が眩しく、とても気持ちのいい光景です。

    

飽きることなく眺めていました。


絵がひと段落したらしく、koujiさんがやってきた。
「ずっとそこにいたの?」
「そうよ、絶景だわ‥。」


「絵は?」
「今、乾かしてる。」

      


暫く一緒に棚田を眺めて、
「そろそろ、行くか、」
「横瀬発、15:29分に間に合うわ。」
「じゃあ、準備する。」


横瀬駅から一駅だけ乗って、西部秩父駅に。その後、宿に向います。
(続く、)





老人ホームのフロアーで、「dandy.○○(その3)」

「春」

「何だかdandy、急にレベル落ちてきたと思わない‥?」
「〇〇〇、抜いたからじゃないかな。」と某スタッフ。


アルツハイマー型認知症の進行を抑制する薬「〇〇〇」
服用を中断した理由は、副作用を心配されたご家族からの要望でした。


副作用を受け入れて、認知の進行を少しでも遅らせるか、副作用で苦しまないようにと、薬を外して自然に任せるか。どちらを本人は望むでしょうか?
ご家族の希望が優先です。


認知が進んでからのdandyは、自分の部屋が分かりませんでした。廊下を歩いているうちに、どこかの部屋に迷い込んでしまいます。時にはそこで、放尿をしてしまうこともあり、大騒ぎになりました。


dandyがよく間違えたのは、綺麗好きな「〇〇俊雄氏」の部屋でした。
(寄りによって‥、運が悪いというか‥、)


防衛庁勤務だった俊雄氏は、お部屋は整然としています。トイレも洗面台もいつもピッカピカ。
どこを触って歩いてきたか分からない、dandyが部屋に入るなど、我慢出来ないことでした。


dandyはののしられ、殴られそうになり、スタッフは注意不足を叱られます。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝って、dandyをフロアーに連れ帰り、敏夫氏の部屋は丹念に消毒して、なんとか、怒りを鎮めていただいくしかありません。



テレビ前のソファーに誘導しても、しばらく経つと、歩き出すdandy。


「dandyはどこ~?、」
「今、廊下歩いてるからね、部屋に入らないようにみていてよ~。」
フロアーには、スタッフの声が、いつも響いていました。


「夏」

夜の7時過ぎ。夜勤者は就寝介助に大忙しの時間です。
その日、遅番だった私は、食事の後片付けを終えて、フロアーの床掃除をしていました。


dandyは、考える人さながらに、フロアーを徘徊しては立ち止まり、時々考え込んでは、また歩き。


(自由に歩けるのはこの時間だけだもの、のんびり歩かせてあげたい。)
と、dandyの姿を目で追いかけて、ナースコールに対応しながら、お掃除を続けていたのですが‥、


モップを絞って、ふと見ると、
ほんの1~2分前にはそこにいたのに、dandyは、フロアーにはいなかった。
「dandy、どこ?」


「dandy、見なかった~、」
夜勤のスタッフに声を掛けて、廊下を走って、部屋をすべて確認します。トイレやクローゼット、ベットの中やカーテンの後ろも確かめたけれど、どこにもいない。


(もしや、4階。あるいは3階?)


就寝時、看護師が3,4,5階と、最後の巡回で上がってきます。エレベータが開いた隙に下に降りてしまったのかも?、


階段を駆け下りて、4階、そして3階に。
「dandy、見なかった?」
「みてないよ~、」
調べてもらったけれどいませんでした。


2階は、ショートステイとグループホームが2ユニット。それぞれ小人数なので、紛れ込むはずもないけど、声を掛けて、そのまま1階に駆け下りて‥、


事務室。休憩室、更衣室、機械浴のお風呂場と調べます。
電気の消えた、デイサービスのホールまで探したたけれどいませんでした。全滅です。
(こんなことがあるだろうか‥。)


出入口はロックがかかっていて暗証番号を押さない限り開かない。
(いったい、どこにいるんだろう‥。)


「まてよ?」と、深呼吸して考えます。
(dandyから目を放したのは、わずか1分ほどのこと。その間にいなくなったんだから、絶対にフロアーにいるはずよ。)


フロアーに戻って、見渡してみました。
(カーテンが怪しい‥。)


dandyは時々、カーテンの後ろに隠れることがあるのです。でも、いなかった‥。
(?、どこだろう‥、)


その時、
常に閉まっているはずの、ベランダの鍵が開いているのに気がつきました。
「これか!」


この建物は、各階、周りが全てベランダで、歩けばぐるぐる回れます。でも、dandyは、一人でベランダを歩いたことはありません。
(きっと近くにいるはずよ。)


いました!
五階からの夜景が恐かったのか、外を見ないように、壁にへばりつくようにして、立っていました。


「dandy、大丈夫?」
大きな体ががぶるぶる震えていました。何がどうしたのか、分からずに、ただ、じっと立っていたのでしょう、恐かったのだと思います。


「気がつかないで、ごめんなさい。無事で良かった‥、今日はもう、休もうね、」そう、言うと、不安そうにうなづいた。


とりあえず、良かった~!



(それにしても、鍵をかけ忘れたのは誰?
もう!!、)


「秋」

認知が進むと、体の機能も衰えてきます。dandyは、いつしか、体が硬くなり、歩行も不安定で、車いすが必要になってきました。食事も声掛けしながら、時に介助が必要です。


私は、お洒落だった頃のdandyを思い出しながら、ズボンにベルト、セーターやお洒落なシャツを、段ボールに入れて仕舞いました。


そんな中、
入所当初から申し込んでいた、特別養護老人ホームの順番待ちが回ってきたdandy。引っ越し日も決まりました。


「もう少し、早く決まれば、ねえ、」
「今、移ったら、移動したことさえ分からない。混乱するだろうなあ‥。」
スタッフ同士の会話です。


利用料金が半分以下になる特養ですが‥、認知症には環境の変化は受け入れがたく、時に混乱が増すばかり。
(もっと早ければ、あるいは、もう少し、後だったならなあ…。)と、毎回のように思います。


順番は、都合よく、ちょうどいい時期には回っては来ないものです。


冬が近づいたある日。

数日後に引っ越しのdandyに話しかけてみました。
(通じるかなあ‥。)


「dandy、もうすぐ、お引越しだって、」
「ふう~ん。」とdandy。


「dandy、私におこずかいくれると言ったの覚えている?、」
「そうかい?」


「私、まだ、もらっていないんですけど‥。」
「そうだったかなあ‥?」


「冗談よ~、冗談です。dandy、元気でね。」
「元気だよお~。」


ぼんやりとした表情で、それでも、少しだけ笑ってくれましたね。


これが、dandyと交わした、最後の会話です。dandyは、私がお休みの日に引っ越して行きました。


あれから、数年が経ちました。
dandyはどうしているのでしょうか?
(多分、今頃は、きっと、
もう、虹の橋を渡ったよね。認知症からは、解放されたはず‥。)


dandyの明るい笑顔が浮かびます。