老人ホームのフロアーで、「dandy.○○(その3)」

「春」

「何だかdandy、急にレベル落ちてきたと思わない‥?」
「〇〇〇、抜いたからじゃないかな。」と某スタッフ。


アルツハイマー型認知症の進行を抑制する薬「〇〇〇」
服用を中断した理由は、副作用を心配されたご家族からの要望でした。


副作用を受け入れて、認知の進行を少しでも遅らせるか、副作用で苦しまないようにと、薬を外して自然に任せるか。どちらを本人は望むでしょうか?
ご家族の希望が優先です。


認知が進んでからのdandyは、自分の部屋が分かりませんでした。廊下を歩いているうちに、どこかの部屋に迷い込んでしまいます。時にはそこで、放尿をしてしまうこともあり、大騒ぎになりました。


dandyがよく間違えたのは、綺麗好きな「〇〇俊雄氏」の部屋でした。
(寄りによって‥、運が悪いというか‥、)


防衛庁勤務だった俊雄氏は、お部屋は整然としています。トイレも洗面台もいつもピッカピカ。
どこを触って歩いてきたか分からない、dandyが部屋に入るなど、我慢出来ないことでした。


dandyはののしられ、殴られそうになり、スタッフは注意不足を叱られます。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝って、dandyをフロアーに連れ帰り、敏夫氏の部屋は丹念に消毒して、なんとか、怒りを鎮めていただいくしかありません。



テレビ前のソファーに誘導しても、しばらく経つと、歩き出すdandy。


「dandyはどこ~?、」
「今、廊下歩いてるからね、部屋に入らないようにみていてよ~。」
フロアーには、スタッフの声が、いつも響いていました。


「夏」

夜の7時過ぎ。夜勤者は就寝介助に大忙しの時間です。
その日、遅番だった私は、食事の後片付けを終えて、フロアーの床掃除をしていました。


dandyは、考える人さながらに、フロアーを徘徊しては立ち止まり、時々考え込んでは、また歩き。


(自由に歩けるのはこの時間だけだもの、のんびり歩かせてあげたい。)
と、dandyの姿を目で追いかけて、ナースコールに対応しながら、お掃除を続けていたのですが‥、


モップを絞って、ふと見ると、
ほんの1~2分前にはそこにいたのに、dandyは、フロアーにはいなかった。
「dandy、どこ?」


「dandy、見なかった~、」
夜勤のスタッフに声を掛けて、廊下を走って、部屋をすべて確認します。トイレやクローゼット、ベットの中やカーテンの後ろも確かめたけれど、どこにもいない。


(もしや、4階。あるいは3階?)


就寝時、看護師が3,4,5階と、最後の巡回で上がってきます。エレベータが開いた隙に下に降りてしまったのかも?、


階段を駆け下りて、4階、そして3階に。
「dandy、見なかった?」
「みてないよ~、」
調べてもらったけれどいませんでした。


2階は、ショートステイとグループホームが2ユニット。それぞれ小人数なので、紛れ込むはずもないけど、声を掛けて、そのまま1階に駆け下りて‥、


事務室。休憩室、更衣室、機械浴のお風呂場と調べます。
電気の消えた、デイサービスのホールまで探したたけれどいませんでした。全滅です。
(こんなことがあるだろうか‥。)


出入口はロックがかかっていて暗証番号を押さない限り開かない。
(いったい、どこにいるんだろう‥。)


「まてよ?」と、深呼吸して考えます。
(dandyから目を放したのは、わずか1分ほどのこと。その間にいなくなったんだから、絶対にフロアーにいるはずよ。)


フロアーに戻って、見渡してみました。
(カーテンが怪しい‥。)


dandyは時々、カーテンの後ろに隠れることがあるのです。でも、いなかった‥。
(?、どこだろう‥、)


その時、
常に閉まっているはずの、ベランダの鍵が開いているのに気がつきました。
「これか!」


この建物は、各階、周りが全てベランダで、歩けばぐるぐる回れます。でも、dandyは、一人でベランダを歩いたことはありません。
(きっと近くにいるはずよ。)


いました!
五階からの夜景が恐かったのか、外を見ないように、壁にへばりつくようにして、立っていました。


「dandy、大丈夫?」
大きな体ががぶるぶる震えていました。何がどうしたのか、分からずに、ただ、じっと立っていたのでしょう、恐かったのだと思います。


「気がつかないで、ごめんなさい。無事で良かった‥、今日はもう、休もうね、」そう、言うと、不安そうにうなづいた。


とりあえず、良かった~!



(それにしても、鍵をかけ忘れたのは誰?
もう!!、)


「秋」

認知が進むと、体の機能も衰えてきます。dandyは、いつしか、体が硬くなり、歩行も不安定で、車いすが必要になってきました。食事も声掛けしながら、時に介助が必要です。


私は、お洒落だった頃のdandyを思い出しながら、ズボンにベルト、セーターやお洒落なシャツを、段ボールに入れて仕舞いました。


そんな中、
入所当初から申し込んでいた、特別養護老人ホームの順番待ちが回ってきたdandy。引っ越し日も決まりました。


「もう少し、早く決まれば、ねえ、」
「今、移ったら、移動したことさえ分からない。混乱するだろうなあ‥。」
スタッフ同士の会話です。


利用料金が半分以下になる特養ですが‥、認知症には環境の変化は受け入れがたく、時に混乱が増すばかり。
(もっと早ければ、あるいは、もう少し、後だったならなあ…。)と、毎回のように思います。


順番は、都合よく、ちょうどいい時期には回っては来ないものです。


冬が近づいたある日。

数日後に引っ越しのdandyに話しかけてみました。
(通じるかなあ‥。)


「dandy、もうすぐ、お引越しだって、」
「ふう~ん。」とdandy。


「dandy、私におこずかいくれると言ったの覚えている?、」
「そうかい?」


「私、まだ、もらっていないんですけど‥。」
「そうだったかなあ‥?」


「冗談よ~、冗談です。dandy、元気でね。」
「元気だよお~。」


ぼんやりとした表情で、それでも、少しだけ笑ってくれましたね。


これが、dandyと交わした、最後の会話です。dandyは、私がお休みの日に引っ越して行きました。


あれから、数年が経ちました。
dandyはどうしているのでしょうか?
(多分、今頃は、きっと、
もう、虹の橋を渡ったよね。認知症からは、解放されたはず‥。)


dandyの明るい笑顔が浮かびます。





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